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神戸地方裁判所 平成10年(行ウ)52号 判決 2000年7月28日

原告

春名一典(X)

被告

西宮市長(Y) 馬場順三

右訴訟代理人弁護士

藤本久俊

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第三 当裁判所の判断

一  本件条例〔編注、西宮市公文書公開条例〕は、「市民に公文書の公開を請求する権利を保障することにより、市民参加による開かれた市政の推進を図り、市民の市政への信頼を深め、もって市政の公正な運営の確保に努めることを目的とする」(一条)と規定し、五条において、請求権者は、「実施機関に対し、公文書の公開(第5号に掲げるものにあっては、当該利害関係に係る公文書の公開に限る。)を請求することができる。」として、請求権者の請求事由や個々の公文書公開による利益、不利益等を要件とすることなく(ただし、五条五号に関しては利害関係を要件とする。)、原則として公文書を公開することを定めた上、公文書公開の例外として、非公開情報(六条)、裁量的非公開情報(七条)を規定している。

これらの規定からすると、本件条例は、請求権者の請求事由や公開の必要性等を個別的に考慮してそれぞれの利益、不利益を比較衝量して公開、非公開を決するのではなく、公文書は原則として公開することとし(ただし、五条五号に掲げるものにあっては、当該利害関係に係る公文書に限る。)、その例外として、非公開情報又は裁量的非公開情報については、公開を禁じ又は公開しないことができるとしたものであって、公開するか否かは、専ら、当該情報が、非公開情報又は裁量的非公開情報に該当するものであるか否かによってのみ決せられるものと解される。

そこで、原告が公開を求める情報である軽自動車税課税台帳(兼申告書兼標識交付申請書)のうち、本件軽自動車税賦課対象者の住所、氏名が、本件条例の非公開情報又は裁量的非公開情報に該当するか否かを検討する。

二1  本件条例六条一号は、「法令または条例により、非公開とされている」情報が記録されている公文書については公開しないものとしているところ、条例は法令に違反しない限りにおいて制定することができるものであるから、法律で公開を禁じている情報は非公開とし、また、他の条例において非公開とされている情報も、条例相互の矛盾を回避するために非公開としたものと解される。

2  被告は、原告が公開を求める情報(本件軽自動車税賦課対象者の住所、氏名)は地方公務員法三四条、地方税法二二条により公開が禁止されている旨主張する。

地方公務員法三四条一項は、「職員は、職務上知り得た秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後も、また、同様とする。」と定めており、違反者に対する罰則規定も設けられている(同法六〇条)。また、地方税法二二条は、「地方税に関する調査に関する事務に従事している者又は従事していた者は、その事務に関して知り得た秘密を漏らし、又は窃用した場合においては、二年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。」と定めている。これらの規定は、地方公務員、地方税調査事務に従事する公務員の守秘義務を定めたもので、そこにいう秘密とは、実質秘すなわち非公知の事項であって実質的にもそれを秘密として保護するに値すると認められるものをいうと解される。

3  本件条例が公文書について原則公開を定めたといっても、その公開が地方公務員法三四条、地方税法二二条違反を構成する場合についてまでも、公開を定めたものとは到底解されないから、右の実質秘に該当する事項については、本件条例六条一号の法令により非公開とされている情報に該当するというべきである。

そして、原告が公開を求める情報が右の実質秘に該当するか否かは、当該情報が守秘義務の対象の中核を占める個人のプライバシーに関する情報であるといえるか否かによって判断されるものと解される。したがって、右判断は、後記三の本件条例六条二号該当性についての判断と重なるものであるから、同号該当性について判断することとする。

三1  本件条例六条二号は、「通常他人に知られたくないと望むことが正当であると認められる個人に関する情報」であって、「特定の個人が識別されうる」情報が記録されている公文書については公開しないものとしている。本号は、個人のプライバシー保護を目的としたものであり、「通常他人に知られたくないと望むことが正当であると認められる個人に関する情報」とは、個人のプライバシーに関する情報を意味すると解される。

2(一)  プライバシーの権利とは、一般に私生活をみだりに公開されない法的保障ないし権利であると解され、具体的には個人の内心の秘密、心身・家庭・財産状況、経歴等に関する情報等がこれに該当すると考えられる。

原告が公開を求める情報は、本件公文書のうち本件軽自動車税賦課対象者の住所、氏名であるから、個人の原動機付自転車という財産の所有に関する情報であり、個人の資産総額や、収入額、所得額、税額等や個人の職業、家族状況等についての情報ほどの秘匿性はないものの、やはり個人の財産状況に関する情報であって、みだりに公開されないことに利益を有する情報と認められる。

(二)  原告は、原動機付自転車も自動車の登録番号標と同様の標識を取り付けて走行していること、原動機付自転車を所有することの社会的責任の大きさから、原動機付自転車の標識に対応する所有者等の住所、氏名のプライバシー性はそもそも希薄である旨主張する。しかしながら、原動機付自転車を運転している場合、原動機付自転車を運転しているのは当該原動機付自転車の所有者であると推定されるとしても、運転者は自己の住所、氏名を明示して運転しているわけではないから、標識を取り付けて原動機付自転車を運行しているからといって所有者の住所、氏名に公知性があるとはいえない。また、原動機付自転車所有者の軽自動車税課税台帳における住所、氏名は、不動産登記簿の登記事項や自動車登録ファイルの登録事項のように公開することが予定されていないし、自己の住所、氏名を行政機関により一方的に公開されないことも個人情報保護、自己情報の管理という観点からして、プライバシーの範囲内であると解されるから、原動機付自転車を所有することに社会的責任が伴うからといって住所、氏名のプライバシー性が希薄になるとは解されない。

(三)  また、原告は、住所、氏名を公開した場合に当該原動機付自転車の所有者等にどのような不利益が生ずるかについて具体的な主張、立証がなく、原告請求の限度において、本件公文書を公開したとしても特段の不利益が生じるとは考えられない旨主張するが、本件条例六条は、同条各号に該当する情報については「公開しないものとする」と定めており、本件条例七条の「公開しないことができる」との規定との比較からしても、公開するかしないかの裁量を容れる規定とはなっていない。すなわち、本件条例六条は、同条各号に該当する情報は、不開示にすることが公益の保護や私人の権利利益の保護のために必要であるとするものであり、その二号は、当該情報を公開することの理由や必要性如何にかかわらず、個人のプライバシーの保護を優先したものと解することができる。したがって、当該情報がプライバシーに関する情報である限り、公開による不利益や影響を考慮するまでもなく、非公開とされるのであり、原告の右主張は理由がない。

(四)  さらに、原告は、本件は訴額算定のための固定資産評価証明書の交付との間に大差はない旨主張するが、固定資産評価証明書記載の事項のうち、特定不動産に関する所有者の住所、氏名は、登記制度によって公示されている情報であり、また、訴額算定のための評価額は、所有者個人に関する情報というより不動産という物の評価に関する情報であって、本件の原動機付自転車所有者の住所、氏名という個人の財産所有に関する情報とは異なるから、評価証明書の交付と同列に論じることはできず、原告の右主張も理由がない。

3  原告が公開を求める情報は、本件軽自動車税賦課対象者の住所、氏名であるから、同情報が「特定の個人が識別されうるもの」に該当することは明らかである。

4  右のとおり、原告が公開を求める情報は、本件条例六条二号の「通常他人に知られたくないと望むことが正当であると認められる個人に関する情報で、特定の個人が識別されうるもの」に該当すると認められる。

四  以上によれば、被告がした本件非公開決定は、その余について判断するまでもなく、適法というべきであるから、その取消しを求める原告の請求は理由がない。よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 水野武 裁判官 田口直樹 大竹貴)

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